バンドの未来を見据えて──A&R/マネジメントが貫く、長い目線のものづくり

バンドの未来を見据えて──A&R/マネジメントが貫く、長い目線のものづくり

音楽カンパニーで長年A&Rとしてキャリアを重ねてきた淵上 恵太。学生時代のバンド経験を原点に、ソロアーティストやアイドルなど多彩なジャンルを担当し、現在はHEY-SMITH、KOTORIなどのレーベル業務からマネジメント、新人発掘・育成まで幅広く携わっています。アーティストと真摯に向き合い続ける仕事への想いと、その先に描く展望を聞きました。

バンド少年が音楽の仕事にたどり着くまで

▲音楽カンパニー 第1制作本部 A&R1部の淵上 恵太。高校・大学時代に出会った恩師たちとの出会いが、現在のキャリアにつながっています。
▲音楽カンパニー 第1制作本部 A&R1部の淵上 恵太。高校・大学時代に出会った恩師たちとの出会いが、現在のキャリアにつながっています。

中学時代にバンドを組み、バンドの楽しさに魅せられた淵上。高校でミュージシャンへの道を意識し始めたとき、進路指導の先生からかけられた言葉が、その後の進路を大きく左右しました。

淵上

『まだ17年しか生きていないのに、自分には音楽しかないと決めつけるのはもったいないよ。いろんな世界を見た上で、それしかないというのならいいけど』と言われたんです。僕は音楽の専門学校しか進路を考えていなかったんですけど、その先生が『ここならおもしろいことが見つかるかも知れないぞ』と紹介してくれたのが、日本大学芸術学部でした

自主レコーディングの経験もあり、音楽制作にも興味があった彼は放送学科に進学し、音響技術を学びます。そのころ、めざしていたのは、海外で盛んなエンジニアがスタジオを構えてレーベルオーナーを兼ねるインディーズスタイル。実際に、バンド活動と並行してレコーディング機材を買い集め、小さな自主レーベルを立ち上げて大手レコード店を通じて全国販売も始めていました。その手応えを大学4年間の原体験として、エンジニアになるべくレコーディングスタジオへの就職を考え始めたころ、大学の恩師から思いがけないアドバイスをもらいます。

淵上

当時、レコーディングエンジニアの世界は、10年近くはアシスタントとして下積みをしなければ一人前になれない現実がありました。それはとても厳しい道なので、『一度、メジャーレーベルで音楽ディレクターを経験してはどうか』と言われたんです。音楽業界でビジネスの仕組みを学んでみて、それでもエンジニアをやりたければ、勉強は後からでもできるからと

恩師の言葉に納得し、レコード会社の採用試験に挑みました。そして最初に内定が出たポニーキャニオンへの入社を決めます。

ビッグアーティストから多くを学んだディレクター時代

2007年に入社し、大阪でのプロモーター業務を経て東京の音楽宣伝部へ。3年ほど経験を積んだころには、どのアーティストをどう音楽メディアに露出していくかを決める立場も任されるようになりました。そして4年目。念願のディレクター業務に就き、最初に任されたのは、当時会社を担っていたビッグアーティストでした 。

淵上

震えましたね。個人的にずっとバンド系を中心に聴いてきたので、他のジャンルにはあまり精通していなかった部分もあり。それに、それまで先輩が良い関係性を築いてきた現場を、いきなり新人が任されるのですから、先方も当然不安だったと思います。それでも任せてもらったからには、もう全力でやるしかないと腹をくくりました

半年間の引き継ぎ期間を経て、現場に立つようになった彼はそこから8年間、そのアーティストを担当します。ヒットメーカーの考え方、音楽への向き合い方に直接触れられたことも、大きな糧になりました。

淵上

そのアーティストは、僕のような新米のスタッフにも期待をかけ、周囲の不安がある中でも、温かい目で見てくださっていたのだと後に先輩から聞きました。そんな人間的な器の大きさ、魅力があるからこそ、第一線で長く活躍されているのだと実感しました。また、ヒットを出すために、得意なジャンルだけに留まらず、視野を広くさまざまな音楽に向き合う姿勢にも感銘を受けました

その後、シンガーソングライター、ダンス&ボーカルグループ、女性アイドルグループ、ロックバンドなど幅広いジャンルを担当し、A&Rとしての経験を積み重ねていきます。そして2019年、転機が訪れます。ディレクターに加え、バンドのマネジメント業務にも初めて携わることになりました。

淵上

インディーズバンドを抱える音楽事務所とのマネジメント共同事業がスタートしたんです。レーベルのディレクターとして、音源リリースを中心に関わっていたころとは、見える景色がガラッと変わりました。ライブやツアーを一緒に組んでいく中で、イベンターやライブハウスとの関係性も見え始め、これはおもしろいなと。また、アーティストが長く音楽を続けるためには、いい作品を作って終わりではない。アーティストの方向性全体を見据えて、すべてをビジネスにちゃんと結びつけることが大事なのだと、マネジメントを経験してあらためて学びました

現場に足を運び、声を聞いて行う新人発掘。重視するのはライブ力

そして、2022年から23年にかけて、バンドカラーの強いチームづくりに注力していきます。その一例が、長年インディーズで活動してきた人気バンド・HEY-SMITHの移籍、ある現場での再会をきっかけに動き出したKOTORIとの契約です。いずれも淵上が会社に「ぜひやらせてほしい」と手を挙げたプロジェクトです。

淵上

今は新しいバンド、アーティストの発掘と育成にも力を入れています。メンバーが何を考え、何をしたいのかをしっかり聞いたうえで、僕らがそれをどう叶えられるのか、を一番大切にしています 。例えばKOTORIは、以前から知り合いでしたが、たまたま再会したときに『メジャーに行きたい』という意欲を聞き、ライブにも通いつめて、このバンドなら!という確信のもと、ぜひ一緒にやっていきたいと思い、契約に至りました

アーティストと伴走しながら、作品づくりから活動全体まで支える現在の仕事について、こう語ります。

淵上

レーベルのA&Rとして、主にリリースや活動のプランを組み立てています。楽曲のクリエイティブは基本アーティストのやりたいことを尊重しつつ、ジャケットやミュージックビデオなどのアイデアを出しながら、一緒に作っています。アーティストによっては、マネジメントを含めて360度すべてのことをやっているので、ライブやグッズも含めて担当しています

新人発掘に欠かせないのが、日々の情報収集です。YouTubeに発掘専用のアカウントを作り、自身の趣味に左右されない環境で、新たなアーティストの楽曲やSNSをチェックしています。さらに「最終的にはライブで人を魅了できるパワーがないといけない」という信念のもと、10年以上にわたって数多くのライブへ足を運び続けてきました。そうした積み重ねが、人脈や信頼関係を育み、現在のチームづくりにも生かされています。

淵上

僕が新人発掘していることを各所に知ってもらうことで、いろいろな方と『こんなおもしろいバンドがいるよ』なんて話しにつながっていくんです。各地の現場に足しげく通うたびに、アーティストやスタッフとの信頼関係も深まりますし。一緒により良いものづくりをしていくには、アーティストはもちろん、周りのスタッフとの人間関係が大事だとすごく実感します

バンドの成長を信じ、寄り添い続けることがやりがい

そんな淵上が仕事のやりがいとして語るのは、単発の作品づくりではなく、アーティストの人生に長く伴走することです。

淵上

音楽の一番おもしろいところって、アーティストがこの先どんな曲を作るのか、まったくわからないところ。世の中に何かしら影響を与えそうな曲を作りそうだという予感のもと、アーティストがやりたいことを大事にして、さらにこういう景色を見るためには、こんな曲やこういう展開も必要だと、先々を見据えてディレクションしていくのが醍醐味です。

あとは、音楽がカッコいいのはもちろんですけど、人として魅力的かもすごく大事にしています。やっぱり、ビッグアーティストを担当した経験が今も根付いているんだと思います

今後の目標として挙げるのは、一発のヒットを追い求めるのではなく、アーティストが着実に成長できる環境をつくることだと言います。

淵上

1曲大ヒットを狙うことも大事ですが、自分の信じた音楽がビジネスとして長く利益を出し続けられるようにしたい。そのためには、堅実にライブやリリースを積み重ね、1段ずつ階段を上って大きな会場をめざすことが理想です。10年、20年、アーティストとともに歩みながら、一緒に好きな音楽を続けていく。それが今の目標です

その根底にあるのは、会社員としての自分と、活動そのものが人生に直結するアーティストとの立場の違いを常に意識していることでした。

淵上

マネジメントに携わるようになって、ますます実感するのですが、アーティストはツアーが1本成功するかどうかで生活にも影響してしまうんです。僕は、彼らの人生を丸ごと背負うことはできないですが、だからこそ彼らが大切にしている“音楽”を預けてくれる以上、こちらも全力で応えないといけない。これからも真摯に向き合っていきたいと思っています

※ 記事の部署名等はインタビュー当時のものとなります

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