ファンとアーティストをつなぐ“ライブ制作”のやりがい
ファンとアーティストをつなぐ身近な存在として、コンサートの企画、演出、音響・照明の手配からグッズ制作まで、“ライブ”にまつわるクリエイティブを担うライブ制作部。ボカロP、声優アーティスト、アニメ作品イベントなどを担当してきた古川 嗣久にライブ制作の楽しさとやりがいを聞きました。
ライブ制作を志したきっかけは就活に向けた自己分析
現在、ボカロPを筆頭に、声優アーティスト、アニメ作品のライブ制作、イベント制作に携わっている古川。少年時代はピアノに親しみ、大学ではアカペラサークルに所属するなどの音楽体験を経てきた彼ですが、「正直、音楽はあくまで趣味の一部。将来、自分が音楽業界に入るという選択肢は考えていませんでした」と言います。
しかし、そんな古川が音楽にまつわるエンターテイメント業界をめざすきっかけがありました。それは、学生時代にいちリスナーとして親しんでいた深夜のラジオ番組。アーティストの楽しいおしゃべりと、そこで流れる音楽に魅せられて、音楽の楽しさやエンターテイメントのおもしろさを伝えるメディアへの就職を考えました。
古川
当時めざしていたのはラジオ局の番組制作。ラジオ局、テレビ局など、いわゆるマスコミ系企業への就職活動を始めたのですが……なかなかうまくいかない。そこで大学3年の夏からあらためて自己分析を集中的にやり直し、在学中に他の情報系スキルも磨いておこうとアプリケーション開発のプロジェクトに参加しました
そこで古川は、自分が本当にやりたい仕事とは何かを考え直すことになります。
古川
企業や学内にプレゼンし、フィードバックを続けて……とアプリ開発を続けているうちに、自分の中で違和感を抱くようになったんです。
確かに、人に役立つアプリを企業や組織を通じて世の中に提供するのは、価値の創出になると思います。でも僕自身は、何かを媒介して価値を届けることより、顔の見える誰かに直接感動を届けることがしたいんじゃないかと気づいたんです
その違和感は、それまで古川が志していた顔の見えない人へと番組や情報を伝えるメディアへの就職を考え直すきっかけにもなりました。
古川
今までの人生で、最も喜びを感じた出来事はなんだろうかと自己分析をしてみると、小学校の先輩の卒業式を思い出しました。ピアノを習っていた僕は退場曲の伴奏を担当したのですが、生演奏の音楽のパワーが感動を呼び、その感動の渦を支える中心に自分がいた経験が強烈な印象として残っていたんです。
大学時代、アカペラサークルの代表を務めていたときもそうです。ステージに立って歌う楽しさ以上に、みんなで協力しながら音楽を楽しむ場を作り上げることに喜びがありました
自分を振り返ることで「一番にやりたいことは、みんなが音楽を楽しめる場を作る裏方だ」と確信した古川は、それに当てはまるであろうあらゆるエンターテイメント業界への就職活動へと舵を切ります。コンサート制作、テーマパーク事業、コンサートのプロモーター、チケット販売のプレイガイド……。
目的意識がはっきりとした就職活動が功を奏し、複数企業から内定をもらうことができた古川ですが、最終的に選択したのはポニーキャニオンでした。
古川
正直、どの内定企業も手応えはあったのですが、ポニーキャニオンに入りたいと思った理由は明確でした。ライブ制作だけを扱う会社は、外部のコンテンツに頼らなければいけないですが、ポニーキャニオンなら自社に豊かなコンテンツ資産があり、最先端の配信技術を有する未来型ライブ劇場“harevutai(ハレヴタイ)”もあります。
ポニーキャニオン所属アーティスト以外のライブ制作も手がけているので、経験できる幅も広い。僕が入社した2020年からコロナ禍に入り、ライブ制作の現場が苦境に立たされたことを振り返ると、結果論にはなりますがフレキシブルな対応が可能なポニーキャニオンへの入社は、自分にとってとても実りある選択だったと思います
ライブ制作という仕事は“準備がすべて”
入社後、古川は念願だったライブ制作部に配属されました。コロナ禍になり、しばらくはリモート対応の自宅作業が続きましたが、次第に状況も変わりライブも再開。いよいよ現場へ出ることになりました。
最初は現場のアシスタントとして、新人なら誰しも経験する、歌詞カードの作成、ケータリングの買い出し、ステージドリンクの補充などの業務から始まりました。
古川
ライブ制作の現場は細かい作業が多く、舞台裏はステージの華やかさとは違うだろうと覚悟はしていましたが、想像以上に細かい作業が多く地味でした。
実際にライブ当日を迎えるまでも、会場の準備や企画内容に関して多くの関係スタッフとのメールのやり取り、打ち合わせと資料作成に奔走するのが主な業務。きらびやかな瞬間は本当に本番の2時間、3時間だけなんです。それを目の当たりにしたのは衝撃でした
それと同時に、責任の大きさも痛感したと古川は言います。
古川
ライブ当日の仕事にしろ、本番前の準備にしろ、ライブはアーティストにとってもお客さんにとっても、本当に一期一会なんです。
アーティストは最高のパフォーマンスを見せるためにずっと準備をしてステージに臨みますし、お客さんも遠方から来られたり、ライブ当日を心から楽しみにしてチケット代を払っている。僕ら裏方は、どんな立場であれ失敗は許されない。そういう厳しさがあるからこそ、ライブが成功したときの達成感はかけがえのないものだということも現場に教えてもらいました
ボカロPアーティスト、声優アーティスト、アニメ作品イベントなど、さまざまな現場で経験を積んだ古川。現場によって多少の違いはありますが、会場やチケット代の決定、予算の管理、スタッフィング、ライブ当日のお弁当の準備から関係車両の駐車場の確保、アーティストのケアまで……ライブにまつわる何から何までが制作の守備範囲です。
細やかな気づかいが必要な厳しいライブ制作という仕事において、彼が最も心がけていることは何なのでしょうか。
古川
ライブ制作という仕事は“準備がすべて”だと思っています。本番当日は、決めたことが順調に行われているかどうかの確認作業でしかない。なので、僕は“本番当日は走らない”ことをモットーにしています。
当日になって、制作が走り回らなければならない現場は準備が足りなかったということです。当日は、きちんと出演者のケアも関係スタッフの作業も滞りなく進めて、本番になったらお客さんの反応を確かめながらライブを観るのが理想です
そのモットーの大切さを学んだのは入社2年目。とあるアーティストの開催したワンマンライブツアーでした。
古川
最初はアシスタントからのスタートでしたが、そのころから先輩がプロデューサーとして全体を見る立場となって、徐々に自分がメインの仕事を任されるようになり、入社から2年半経ったころには僕がスタッフ約30人ほどの現場を回すようになったんです。
メールのCCに僕の名前が入っている程度から、アーティストやメインスタッフと直接やり取りをする現場のメイン担当になったんです
大役を任された責任感、ひとりで現場を取り仕切らなければならない重圧。古川はそこで準備に準備を重ねることの大切さを実感しました。
古川
ライブ制作の大変さはそれまでも身をもって知っていたつもりでしたが、いざ自分が先頭に立ってみるとプレッシャーは段違いでした。ツアーの初日公演を無事終えたときは、あまりの安堵感でホテルに戻ってちょっとうるっとしましたね
アーティストのやりたいことを実現し、ファンに感動を与える
ポニーキャニオン入社以降、印象的な出来事はたくさんありましたが、2022年夏、今も担当しているボカロPアーティストの初現場は、古川の記憶に残り続けるであろう得がたい経験だったと言います。
古川
そのアーティストは、数年前に数百人規模の自主ライブは経験していましたが、外部スタッフを入れた大きな規模のワンマンライブは初めての経験でした。しかも当初は別会場を予定していたのですが、チケットの申し込み数が予想以上に殺到し、倍以上のキャパの会場へとグレードアップしたんです。そんな経験も初でした
もちろん、アーティスト本人にとってはすべてが手探り。今まで古川が参加してきたライブは、キャリアのあるアーティストが多かったため、公演フォーマットもほぼ出来上がっていました。
ゼロからアーティストをサポートするライブ制作は、古川にとって初めての経験だったのです。そこで古川とライブ制作部チームは、そのアーティストを全力でサポートすべく、いろいろな提案をしていきました。
古川
ステージ演出を考えたり、MCで話すことを一緒に検討したり。そのアーティストは音楽にも映像にもマルチな才能がある表現者なので、演出に対するこだわりや追求心を人一倍持っているんです。
だからこそ僕はそのこだわりを実現したかった。ライブ当日も打ち合わせで話していた凝った演出が実現できて、お客さんにも喜んでいただけたことに感動しました。
ライブ後の打ち上げで、アーティスト本人から『古川さんに担当してもらえて、本当に良かったです』という感謝の言葉をかけてもらえたのが本当に嬉しくて。部活のように一緒にライブを作り上げる楽しさも初めて実感しました
そのボカロPアーティストとは2024年にも初めての経験をしました。ニューアルバムを引っさげた、アーティストキャリア初の東名阪ワンマンツアーを成功させたのです。
古川
僕も初現場から2年経ち、幅広いジャンルでキャリアを重ねてきたことで、他の部署や他のコンテンツとの関わりも増え、よりプロデューサー的な視点から自分がアーティストの音楽を通じてやりたいことも含めて、積極的な提案をさせてもらいました。
前回はライブの中身をクオリティアップすることに注力しましたが、今回は宣伝面を強化してより多くのお客さんにライブに来てもらうため、そして期待感を持ってもらうために、我々がオフィシャルのSNSを立ち上げてライブ情報を広く発信することにも力を入れました
また、単独ワンマンにはないツアーならではの醍醐味もあらためて感じています。
古川
単独ワンマンと違ってツアーは、各会場を回りながら演出もブラッシュアップされるので、公演を重ねるごとに洗練されていくのが魅力であり、おもしろさです。
テクニカルスタッフも、アーティスト本人や僕ら制作サイドのオーダーを叶えるだけでなく、『こういう風にしてみるのはどうですか』と提案してくれることも多いです。そのたびに、みなさんの柔軟性、プロフェッショナルな発想力を本当に尊敬しますね
ライブ演出などの大胆でクリエイティブな視点と、企画立案から本番当日まで1年、2年と長期に渡ってライブ制作全体を見通すプロデューサー的な視点。そして現場を円滑にトラブルなく進行させる細かい配慮までが求められるライブ制作は、「何度も言うように大変な仕事なのですが、そのぶんやりがいも大きいです」と古川は話します。
古川
ライブ中に涙を流しながら観てくれているお客さん、終演後も余韻が冷めず、席から立ち上がれなくなっているお客さんの姿を見ると、いつも胸が熱くなりますし、僕らの仕事が誰かに感動を届ける助けになっているのだと実感します。
お客さんの『いいライブだった』という声はもちろん、アーティスト本人やスタッフから『ありがとうございます』『また一緒にやりたいです!』と言ってもらえたときは、自分の仕事が報われた気がしますね
必要なのは“10歩先、20歩先を先回りする力”
そんな古川に、あらためてライブ制作という仕事における心がけを尋ねてみると、こんな言葉が返ってきました。
古川
ライブ制作の仕事に必要な心がけはたくさんありますが、僕が一番感じているのは“現場で起きることの1歩、2歩先を読むだけでは、まだ見通しが甘い”ということです。
入館用のパスの数は間に合うか、楽屋の椅子の数は準備できているか、機材を積んだトラックの誘導順は決めてあるか、それに対応するスタッフは何人必要か……など、朝会場に入るときだけでも挙げればキリがないくらいやることがあります。その場しのぎでは対応しきれません。そのために、1歩、2歩ではなく、10歩先、20歩先の先回りが必要なんです
そう語りながら「僕もまだまだ勉強中なので、100%完璧!とはいきませんが……」と言葉を紡ぐ古川
古川
でも、何もわからなかった僕も少しずつではありますが、先輩方の背中を見て、上司や仲間にサポートをしてもらいながら、先を見て仕事ができるようになってきました。
もし、ライブ制作に興味のある方がいたら、思い切って飛び込んできてもらいたいです。僕もさらにいろいろな現場を経験して、誰からも安心して任せてもらえる制作になれたらと思います
そして古川には、もうひとつ実現したい自分の将来像があると言います。
古川
チームで力を合わせてライブを成功させるライブ制作の現場を経験することで、以前から興味のあったチームマネジメントへの欲も出てきました。ライブというとどうしても単発感があります。
ライブというエンターテイメントを通じて、長期的にアーティストのプランニングを見据えながら、その中でライブという興行をいかに打っていくかを考えていきたい。そういうプロデュース視点を、これからはより高めていきたいです。生意気なようですが、それがライブ制作部全体の仕事を広げることにもつながったらなと思います
※ 記事の部署名等はインタビュー当時のものとなります